有名な餃子チェーン店のぎょうざ

友だちの家などで新しくイギリス人や外国人と知り合い、そこでわたしが日本人だとわかると「日本の食べものでいちばん好きなものはなんですか?」と高い確率で聞かれます。

もともと好き嫌いがほとんどないのでそう聞かれても即答できず、しかもそういうのは前日に食べたものやその日の体調にも左右されますよね。

しかもお見合いの席でもないし、相手もたいして意味もなく、ただ初対面同士の会話をどうにかするために聞いているのだと思うけれど、日本になじみのない方に対して、そういうところはちゃんと答えたいので(気持ちはいつでも日本代表)けっこう考え込んでしまいます。

でも、こうしてあらためて考えると、餃子はいつだってベスト5に入るほど大すき。

 

もっちりとした皮の中に具をみっしり詰めた、肉汁たっぷりのジューシーな餃子も、逆に具を少なめに包み、パリパリとした皮の食感を楽しむタイプの餃子のどちらも甲乙つけがたい。皮も作るときも気分で、強力粉と薄力粉を使いわけたり割合を変えたりしています。

 

餃子

 

中学生時代とちがっておこづかいの額も増え、学校の帰りに買い食いや、どこか飲食店にも立ち寄ることができた高校生のころが、わたしの「第一次餃子黄金期」だったように思います。

放課後に、ほかの女子高生がアイスクリームを食べたり喫茶店(当時流行っていたのはなめ猫とか聖子派vs明菜派のガッツリ昭和の時代なので、カフェという呼び名はまだなかったと思う)に出入りしていたころ、わたしは同じクラスの友人と、週に1、2回は関西では昔から有名な餃子チェーン店に行き、焼き餃子をひと皿ほど注文していました。

もちろん飲みものは水です。ジュースなどを頼む余裕があるならば、そのぶん餃子を食べたい。まるで、会社帰りにチョイ飲みを楽しむお父さんたちみたいなモンでしょうか。

 

それからまもなくして、以前から時々痛んでいた盲腸が急に悪くなり、手術のために入院することになりました。

手術後の初めての食事はおもゆで、それから三分粥、五分粥、全粥と少しずつ食べ応えのあるものにかわり、おかずもバラエティー豊かにはなってきてはいたけれど、あー…。はやくあの餃子が食べたい〜。

退院も近づいたある日、わたしがそう恋しがっていることを知った友だちのひとりが、そこの焼き餃子をお見舞いにと買ってきてくれました。

 

心やさしい友はひと口も食べず、すべてわたしにだと言っ てくれ(今でいう男前女子)、まだ充分に温かい20個ぐらい入った長方形の箱を抱えこみながら、病室前のロビーで一心不乱に食べていたら、「なにも食べれない人もいるんだから、そんな匂いのきついものを持ち込んじゃダメよ」と看護士さんにたしなめられてしまった。

そこでようやく我に返ったのだけど、いくら普通食に戻っていたとはいえ、さっぱりとした病院食が続いていたわたしにとって、ミンチの脂とニンニクが放つあの強烈なパンチに、理性は完全に飛んでいたんでしょうね。

高校生の頃の話とはいえ、今でもなつかしく恥ずかしい思い出ですわ。

 

 

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